渋谷の夜は、少し湿り気を帯びたような空気でした。
焼き鳥店を出ると、ウェーブ通りにはビルの明かりが静かににじみ、行き交う人の足音や、タクシーのエンジン音が、都会らしい余韻を残していました。
見上げれば、再開発で姿を変えた渋谷の高い建物たち。
昔、毎日通っていたはずの街なのに、今では少しよそゆきの顔をしているようにも見えます。
それでも、どこか懐かしい。
不思議なものです。
先日、36年前に退職した会社、株式会社東急レクリエーション時代の仲間の集まりに参加してきました。
主役は、当時の後輩であるFさん。
還暦のお祝いの会でした。
私が新卒で入社してから1990年までの5年間、映画興行部でお世話になった会社です。
Fさんは、女性ながら今も現役で映画のお仕事を続けていらっしゃるとのこと。
そのことを聞いただけでも、あらためてすごいことだなと思いました。
好きな仕事を続けること。
必要とされながら働き続けること。
口で言うほど簡単なことではありません。
まして映画の世界は、時代の変化も大きく、会社も街も、人の働き方もずいぶん変わってきたはずです。
その中で、変わらず第一線にいらっしゃる姿に、静かな敬意を感じました。
会は、同期を中心に9名ほど。
懐かしい顔ぶれに囲まれ、話はあちらこちらへ飛びました。
在職中にお世話になった上司の近況。
先輩方のこと。
同期の奥様たち、当時の社員だった方々のその後。
そして、すでに亡くなられた方のお話もありました。
笑いながら話していたかと思えば、ふと声の調子が少し落ち着く瞬間もあります。
年齢を重ねるというのは、楽しい思い出だけでなく、別れの記憶も一緒に抱えていくことなのかもしれません。
一昨年、私たちは大切な同期をひとり、急病で失いました。
そのお別れの会で、私は30数年ぶりに皆さんと再会しました。
長い間、ご無沙汰をしていたはずなのに、会えばすぐに昔の空気に戻る。
それ以来、またこうして声をかけていただくようになりました。
思えば、亡くなった彼が、懐かしい同期や先輩、後輩たちにもう一度引き合わせてくれたような気がしています。
人のご縁というものは、本当に不思議です。
途切れたように見えても、どこかで細い糸が残っている。
そして、ある日ふっと、また結び直されることがあります。
Fさんからは、後日ありがたいメールをいただきました。
「川端さんは初めての上司でしたが、昔からやわらかな物腰含めて、まったくおかわりになられていませんでしたね」
そんなふうに書いてくださいました。
「まったく変わっていない」と言っていただけるのは、大変ありがたいことです。
もちろん本人としては、それなりに年齢を重ねたつもりでおります。
鏡を見れば、昔のままというわけにはいきません。
体力も、記憶力も、夜更かしへの耐性も、会社員時代とはなかなか同じではありません。
ただ、中身はともかく、物腰だけでも昔のまま少し残っていたのなら、これは幸いなことだと思いました。
若い頃は、仕事を覚えることに必死でした。
上司として、先輩として、どれほど役に立てていたのかは正直わかりません。
今になって思えば、未熟なところも多かったはずです。
それでも、誰かの記憶の中に「やわらかな物腰」として残っていたのなら、人生もなかなか悪くありません。
少しだけ、ほっとしました。
渋谷の街は本当に変わりました。
本社のあった頃の記憶の渋谷とは、景色も建物も人の流れも違います。
駅のまわりは大きく姿を変え、昔あった場所がどこだったのか、すぐには思い出せないほどです。
時間の流れは、こうして街の形にもはっきり刻まれていきます。
けれど、同期の皆さんに囲まれていると、不思議とその時間の隔たりが薄くなっていきます。
名前を呼び合い、昔の出来事を笑い、亡くなった仲間のことを静かに思い出す。
その居心地のよさは、あまり変わっていませんでした。
変わっていくものと、変わらないもの。
その両方があるから、人は安心できるのかもしれません。
店を出たあと、皆で記念写真を撮りました。
写真には写っていませんが、その場には、長い時間を越えてまた集まれた、なんとも言えない温かさがありました。
渋谷マークシティの南側、ウェーブ通り。
夜の光の中で、少しだけ昔の自分にも会えたような気がしました。
36年前に辞めた会社のご縁が、今になってまた静かにつながっている。
仕事も人生も、先のことはわからないものです。
だからこそ、今日会える人に会い、話せるときに話しておく。
そんな当たり前のことが、年齢を重ねるほどに、少しずつ大切に思えてきます。
渋谷の夜風に吹かれながら、いい時間をいただいたなと思いました。
変わった街の中で、変わらない笑顔に囲まれる。
それだけで、なんだか十分です。
まだまだ、人生は大丈夫。
そう思わせてくれる夜でした。

